「おーい」
暗い場所だ。
「おーい」
彼女はゆっくりと、その上下左右、完璧な黒に塗りつぶされたその場所をゆっくりと歩いていく。
年齢はよく判らない、若いといわれれば若く見えるだろうし、老いているといわれれば、それはそれで納得してしまいそうだ。
銀色の長い髪、薄い布で作られた美麗なドレスに身を包んだ彼女は美しいが作り物めいていて、現実感がない、まるで。
まるで、何かの、神話から抜け出てきたようなそんな女だ。
「おーい」
呼ぶ声がする。
遥か前方の闇の中に光が浮かんでいる。
「おーい」
そこには一本の街灯がポツン、と立っていた。
「おーい」
彼女は微笑み、その街灯の下に立っている男。
その街灯の下の光に寄り添うように立つ、山高帽子にこげ茶の外套を着たその老人の前に近づいた。
老人は目の前まで来た女をあごをなでながら見つめた。
「珍しい事もあるもんじゃな・・・あの戦いが終わってから、誰もここには現われなんだが・・・」
老人はそう言って帽子を目深にかぶった顔をすこし持ち上げた。
「ここは『時の最果て』時間の迷い子が行き着くところさ、お前さん、どこからきなすった?」
「どこともいえない、次元の狭間から」
「ほ?」
「賢者様・・・あなたにお願いをするために」
老人はその言葉を聴いたとたん、体を硬くしうつむいた。
「・・・お前さん、何者じゃ」
「私はファーブラ」
そう言って静かに微笑む。
「導くもの」
「導くもの・・・・」
「今・・・たくさんの悪意が一つの世界を飲み込もうとしています・・・」
ファーブラと名乗った、その女はそう言って目を瞑った。
「その悪意はいつかすべての世界を飲み込むでしょう・・・誰かがそれを食い止めねばならないのです」
「それに協力しろというのか・・・?」
老人は帽子の下で瞳を鋭く尖らせた。
「愚かな・・・世界には世界の都合がある、人の勝手で作り変えたりなどできん、それが例え悲劇でも、それに介入する事は人の手に余るぞ」
「いいえ、賢者様、私もそれは存じています」
ファーブラはそう言って老人を真っ直ぐに見つめた。
「私は悲劇に終わる世界を救おうというのではありません・・・私は本来悲劇に終わるはずのないたくさんの世界を悲劇に引きずりこむ者たちを止めたいのです」
「なんじゃと・・・」
老人はそう言って顔を上げた。
「そんな事を・・・そんな恐ろしい事を一体誰が成そうと言うのだ・・・・まさか・・・!」
「いいえ、あの炎の蟲は消滅しました」
ファーブラはそう言って微笑んだ、老人は頷く。
「そうじゃ・・・あの子達と、そしてたくさんの人々の力があの恐ろしい蟲を倒した・・・」
老人はそう言ってかぶりを振った。
「・・・・お前さん、なぜそんな事を知っておる」
ファーブラは無言のまま微笑んだ。
老人は暫く彼女を見つめていたが息をつき帽子のつばを押さえた。
「判った、いいだろう、この老いぼれに何が出来るかわからないが・・・」
「ありがとうございます、賢者ハッシュ」
ハッシュと呼ばれた老人はふっと笑った。
「その名で呼ばれるのは久しぶりじゃよ、本当に・・・・本当にな」
老人はそう言って頭上を見上げた。
そこに小さな光の輪が現れた。
「さあ、わしは何をすればいい?」
「まずは・・・力を」
ファーブラはそう言って同じように頭上を見上げた。
「沢山の悪意には、同等の善意を持って」
「良かろう・・・じゃがわしにできるのはゲートを開いてお前さんを運ぶ事だけじゃ」
ファーブラは頷き微笑んだ。
「私はファーブラ、導くもの、その務め果たして見せますわ」
「ホッホッホ、面白い、さあ、行きなさい!」
ファーブラは頷き、その光り輝く青い輪に身を躍らせた。
光の輪は再び閉じ、老人は再び静かに街灯に寄りかかった。
「どうやら、わしも老骨に鞭打つ羽目になりそうじゃわい・・・」
老人はそう言って瞑目して、頭をめぐらす。
遥か未来のような。
遠い過去のような。
その遠い日の思い出を反芻する。
「・・・ボッシュ、ガッシュ、わしも時の賢者としての務めを果たしてみるよ・・・見ていておくれ」
そして再びその漆黒の暗闇に沈黙が訪れた。
続く
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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学